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比叡山延暦寺

比叡山延暦寺 無動寺明王堂・阿闍梨様による護摩供

筆者のブログの中で、最も読まれているジャンルは「比叡山延暦寺」となっています。
その中で、ぴろんこ様やデコボコ様のような熱心な読者様(???)から、無動寺明王堂に関する筆者のブログについて励ましのお言葉やご質問をいただいています(本当にありがとうございます)。
また、筆者ツイッターから質問される方もいて、多くの方が明王堂と阿闍梨様に興味をお持ちなのだろうなと推測しています。
直近の皆様の関心としては、近々奉修される予定の大護摩供に関することでしょうか。
そこで、本日は明王堂の護摩供に赴き、大護摩供について阿闍梨様から直接お聞きすることができたので、ご案内します。

結論としては(全て阿闍梨様・談)、
1. 当初は十万枚護摩供を今年に奉修される予定だったが、コロナ禍のために3月の時点で中止になった。
2. そのため、十万枚護摩供は 2021 年もおそらく難しいのではないか。
3. 例年通りの八千枚護摩供が 2020年11月2日~3日にかけて奉修される。
4. ただ、コロナ禍のために信者の泊まり込みは中止としている。例年なら信者の泊まり込み予定をハガキで尋ねるが今年は信者の参拝予定を聞いていないため、当日何人参拝されるか想像もつかない。
5. おそらく、一座目と結願(八座目)は結構混むのではないか。
6. 夜中の護摩に関しても、今回は泊まることができないので、延暦寺会館に宿泊する、あるいは車で比叡山ドライブウェイの駐車場に停め、そこから来て護摩が終わると駐車場に戻る、というような信者さんもいるのではないか。ただし、比叡山ドライブウェイは夜中は閉鎖しているので、出庫できるのは夜が明けてからとなる。
7. 阿闍梨様は、大護摩供の一週間前から五穀断ちおよび塩断ちに入られる。

とのことでした。

さて、いつものブログに戻る。

歩行日:2020年10月18日
出発地:京阪電車・坂本比叡山口駅(07:50)
到着地:京阪電車・坂本比叡山口駅(14:35)
総歩行距離:10.6 km

今日のルート。
往路はいつもの無動寺坂ルート。復路はケーブルカーに沿った、筆者にとっては新しいルート。

7:50、出発は終点(坂本比叡山口駅)の一つ手前の松ノ馬場駅。

比叡山に向かって、西に歩く。

日吉大社の奥宮(三宮宮と牛尾宮)が山の中腹に見える。

8:03、無動寺坂の入口に到着。

先々週は本坂コースを歩いた。今日は無動寺谷コースを行く。

ここ坂本は石工集団・穴太衆の町。
戸波駿河守は江戸城築城に関わったことが知られている。

さて、自家用車通行止めの鎖を抜けて進んでいく。

浄刹結界の跡。

緩やかな坂を上っていく。

8:17、この案内板から最初の不動明王像までがこのコースの最も体力的にきつい箇所。

がんばって登っていく。

8:27、最初の不動明王の祠に到着。

さらに上っていく。

8:34、正井観順(まさいかんじゅん)・大阿闍梨の祠。
正井阿闍梨様は千日回峰行を何と3回も行されており、その3回目の行中 2,555 日目に、ここで遷化された。
その際、小田原提灯をきちんとたたまれ、頭を北に向けられていたという。合掌。 

正井行者(まさいぎょうじゃ)と刻まれている。 

どんどん上る。

8:39、頭のないお地蔵さん。

8:54、遠見岩に到着。ここで少し休憩する。

今日は雲海を見ることができた。
お金では買えない、早朝の寒い時期に山に登る者だけの特権。

遠くに近江富士が雲海から顔を出している。

分岐路。今は無動寺谷の方へ進むが、復路は紀貫之の墓に立ち寄る。

9:06、谷を下り、この橋を渡ってそこから最後の上りを進む。

無動寺境内が近づいてきた。

この動物除けの柵から入ると無動寺の境内となる。

玉照院。

穴太衆積みの石垣を横目に進む。

ちょっと寄り道して、相応和尚(そうおうかしょう)のお墓へ向かう。
ご存知の通り、相応和尚は回峰行の創始者である。南無南山建立大師。

大乗院。

八千枚護摩供が奉される護摩堂。畳が敷かれ、だいぶ準備が進んでいるようだ。

この階段を上れば明王堂に行ける。

階段途中にある法曼院。お斎はここでいただける。

あと少し上る。

9:26、無動寺明王堂に到着。

明王堂を iPhone 11 pro の超広角カメラで撮影するとこうなる。
少し違和感があるが。。。

明王堂の横には相応和尚さん。

明王堂からの景色。

阿闍梨様によるお護摩は毎日11時から始まる。
まだ1時間以上時間が有るので、近くの弁天堂にお参りに行く。

無動寺弁財天は、箕淵弁財天(西塔)、箸塚弁財天(横川)と並ぶ、比叡山三大弁財天の一つである。

本堂。

鳥の彫刻が美しい。

ずらりと並んだ献燈。

阿闍梨様方をはじめ、知っている名前がチラホラ。

明王堂に戻ってきた。

紅葉にはまだ少し早いようだ。

11:00、お護摩が始まる。
以前は、「南無帰命頂礼本尊聖者大聖大悲不動明王」→開経偈→般若心経→不動明王ご真言(護摩供)→般若心経→お加持
だったのが、
最近は、「南無帰命頂礼本尊聖者大聖大悲不動明王」→開経偈→聖不動経→不動明王ご真言(護摩供)→般若心経→お加持
に代わっている。
聖不動経については、お経が書かれた紙を渡してもらえるのでご心配なく。

阿闍梨様のお加持を受けてさっぱりした後は、法曼院でお斎をいただく。
さらにその後のお茶の時に、一番上に掲載した大護摩供の話を聞くことができた。

明王堂では来年のカレンダーを購入した。
浩元阿闍梨様の来年のお言葉は「運心回峰」。
心を運(めぐ)らせて回峰行を実践するの意。

ちなみに今年のカレンダーは「忍一生之宝」。

今日はこのまま帰る予定だが、せっかくなので通ったことのない道で帰ることにする。
まずは、閼伽井を通って、ケーブルカー比叡山駅まで行く。

13:15、比叡山駅からの眺め。霧はすっかり晴れていた。

ここからは筆者が通ったことのない道で帰る。ケーブルカー駅の横を下りていく。

13:19、少し行くと、もたて山駅に到着。
ここは普段はケーブルカーは通過し、係員に連絡した時のみ停車してもらえる。
ある意味、秘境駅といえる。

紀貫之の墓に向かう。

広場に出た。

段々と色付き始めている。

13:30、紀貫之の墳墓に到着。

土佐日記始まりの地らしい。

ご存知の通り、紀貫之は平安初期の歌人。比叡山から眺める琵琶湖の景色を愛し、
自分の死後、ここに葬るよう願ったそうである。

さて、ケーブルカーに沿って下りていく。

あと、2.5km。

甲子園にも出場したことのある比叡山高校の野球部が大きな声で練習していた。

道路に出た。

坂本の町を歩く。

14:35、京阪電車・坂本比叡山口駅から帰宅。

阿闍梨様も今年の八千枚護摩供がどのようなものになるか、当日になってどのくらいの参拝者が来るか見てからでないと分からないとおっしゃっていた。
筆者は昨年は結願のみ随喜させていただいたが、今年も何らかの形でご縁が結ばせていただければ良いなと考えている。

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