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比叡山延暦寺

比叡山延暦寺 無動寺明王堂での八千枚大護摩供(2020年)

無動寺明王堂での八千枚大護摩供が2020年11月2日ー3日にかけて行われた。
これは、11月2日13時、16時、19時、22時、11月3日1時、4時、7時、10時の計 8 座の護摩供が行われ、最後の護摩供で結願(けちがん)となる。
この間、阿闍梨様は断食・断水・不眠で修される。
筆者は昨年も参拝したが、功徳を授かるため 8 座目に今年も参列させていただいた。

 

訪問日:2020年11月3日

 

坂本比叡山口行きの京阪電車の車内。
比叡山とのコラボで、最澄さんを大々的に宣伝している。

 

 

7:53、坂本比叡山口駅に到着。

 

 

一路、西に進み、比叡山へ向かう。

 

 

穴太衆積みの石垣の道に沿って進む。

 

 

8:05、坂本ケーブルの坂本駅に到着。

 

 

今日は登山が目的ではないので、ケーブルカーで上る。

 

 

途中、ほうらい丘駅を通過する。
これは、蓬莱丘(ほうらいおか)地蔵尊。
一説では、信長による比叡山焼き討ちのときに犠牲になった人を弔うための地蔵群ということである。

 

 

ほんの10分ほどで比叡山駅に到着する。
歩いて登ったら1時間30分かかるのだが。。。

 

 

比叡山駅からの眺め。
今日は遠くまでよく見ることができ、北陸の白山連峰まで見える。
手前の橋は琵琶湖大橋。

 

 

南向きの眺め。見えている橋は近江大橋。
石山寺まで良く見える。

 

 

ケーブルカーを降車した人の大部分は根本中堂方面へ歩いていくが、筆者はそれとは逆の無動寺谷へ行く。

 

 

コロナ禍のため、お護摩の際中も、真言や般若心経は声に出さずに、心の中で唱えるよう要請された。

 

 

無動寺谷に向かって下っていく。帰りはこれを上ってこなければならない。

 

 

閼伽井(あかい)に到着。明王堂のお不動様に供える水はここから汲まれる。

 

 

弁天堂との岐路。

 

 

8:55、明王堂に到着。
五色幕でおめかしされている。
しかし、今日の護摩供はここではなく、少し下りたところの護摩堂で奉される。

 

 

明王堂からの眺め。

 

 

皆さんは息障講(そくしょうこう)という人たちをご存知だろうか。
一言でいうと千日回峰行の行者の手伝いをする人たちのことで、千日回峰行と同じくらい古いというから、1,000 年以上の歴史があることになる。
かつては帯刀し、行者の警護をしていた時期もあったらしい。
坂本(滋賀)の息障講と京都の息障講があり、皆さん行者さんを支えてきたという自負をもって仕事をされている。

さて、護摩木に願いを書いて手渡しても法要までまだ1時間もある。境内をブラブラしていると、その息障講の方から「抹茶を用意しているので休んでいかれませんか?」とお声がけいただいた。お言葉に甘えて、明王堂のすぐ下にある法曼院に入った。ここはいつも護摩供の後にお斎をよばれる場所である。

 

 

長生堂のきんとん製の菓子と抹茶をいただいた。

 

 

時間になったので、護摩供に随喜する。写真は護摩堂の仮設外陣。

 

一生懸命お祈りさせていただき、その後阿闍梨様よりお加持を受けた。

 

護摩供終了後のお斎は宝珠院で。

 

 

お赤飯をいただいた。

 

 

帰り際に、息障講の方から護摩の炭をいただいて持ち帰る。

 

 

清々しい気分で坂を上り、元の比叡山駅に着いた。

 

 

ケーブルカーで下り、京阪電車に乗り帰途につく。

 

 

この日の晩は大阪市内に行く用事があり、御堂筋(みどうすじ)を歩くと既にイルミネーション飾りが始まっていた。

 

 

大阪で最も大きい幹線道路である御堂筋の名前の由来はご存知だろうか。
北御堂(本願寺派)と南御堂(真宗大谷派)という二つの浄土真宗寺院が立ち並んでいるからである。

その北御堂も便乗してライトアップしていたのにはビックリした😲
同じお寺でも、比叡山や高野山とは全然違うもんだと感心した。

 

さて、今日は護摩供の際中に小僧さんのミスがあったらしく(筆者には分からなかったが)、
何度も阿闍梨様が雷を落とされていた。
お坊さんの世界の厳しさを垣間見た気がしたが、逆に阿闍梨様の親心のようなものも感じられた。
最近では、「子供を叱ることができない親」というのが問題となっているが、この護摩供に随喜すれば、そのような甘い親御さんも考えを改めるのではないかと思った。

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