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西国三十三所 熊野三山 その他神社仏閣

熊野三山巡拝パート1(熊野那智大社~青岸渡寺~補陀落山寺)

以前、熊野那智大社と青岸渡寺を紹介したが、そのとき「いずれ熊野三山」を訪れてみたいと書いた。
熊野三山とは熊野本宮(ほんぐう)大社を中心として、熊野速玉(はやたま)大社と熊野那智(なち)大社を合わせた三社をいい、
我が国に 3,000 ある熊野神社の総本社である。
明治元年の神仏分離令以前は神社と寺院の区別が曖昧だったため、
下図に見られるように、青岸渡寺(せいがんとじ)と補陀落山寺(ふだらくさんじ)も熊野三山に含まれる。
これは、神仏分離令と廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)により、熊野本宮大社と熊野速玉大社にあった仏堂は全て取り壊されたが、
熊野那智大社の仏堂だけは青岸渡寺および補陀落山寺として現代まで残存しているためである。

熊野本宮観光協会HPより

今回、熊野三山を全て訪れたので、全三回に分けて紹介したい。
本来ならば熊野本宮大社を最初に訪れるのが礼儀なのであるが、
大阪から車で上図の大辺路に沿って走ったため、熊野那智大社→熊野速玉大社→熊野本宮大社の順に参拝した。

7月19日(金)、大阪から阪和道、紀勢自動車道を走行し、終点の「すさみ南IC」まで行き、
本州最南端の潮岬(しおのみさき)に15時頃着いた。

平日で雨ということもあり、駐車場にはほとんど停まっていない。

駐車場から灯台までは 100m ほど。

灯台受付手前には潮御﨑神社という社があったので、後で参拝しよう。

灯台の受付。駐車料金300円+入場料200円、計500円なり。

本州最南端にある潮岬灯台。1878年(明治11年)に建てられた、非常に歴史ある石造灯台。

灯台からの絶景。この日の太平洋は冬の日本海のように荒れていた。この先の陸地はニューギニア島である。

さて、潮御﨑(しおのみさき)神社を訪れよう。

参道。

潮御﨑神社の本殿。もちろん本州最南端の神社である。ご祭神は「少彦名命(すくなびこなのみこと)」。

花山法皇や白河天皇の歌。花山法皇は西国三十三所観音巡礼を始められた方なので、青岸渡寺(西国三十三所第一番札所)に行かれる途中、ここに立ち寄られたのかな。

潮岬から北東へ10分ほど車を走らせると、道の駅「はしもと橋杭岩(はしぐいいわ)」に着く。

橋杭岩は国の天然記念物にも指定されている岩群である。

さらに車を走らせ、本日の宿泊場所のある紀伊勝浦駅に到着。

駅前にある佐藤春夫「秋刀魚の歌」の石碑。

本日の夕食は「桂城」さんでマグロ料理。

注文したのはまぐろ定食。1600円。
左からマグロのそぼろ煮、お造り、まぐろカツ。

カジキマグロの鉄板焼き。

サービスでいただいたマグロ肉の煮つけ(?)

マグロ心臓のお造り。

ごちそうさまでした。

翌朝は、大門坂から熊野古道を歩いて熊野那智大社まで行くことを予定した。
下図の大門坂バス停の横に広い無料駐車場があり便利なのだが、
ここに駐車すると帰りはバスで大門坂まで戻ってこないといけない。
そこで、いったん車で「那智の滝前」バス停(下図の滝つせレストランのあたり)まで行き、
そこの無料駐車スペース(5台のみなので注意)に停め、そこからバスで大門坂バス停まで下りて、
熊野古道を上って熊野那智大社を目指すことにした。

歩行日:2019年7月20日
出発地:大門坂バス停(8:05)
到着地:那智の滝前バス停(11:30)
総歩行距離:6.2 km

今日のルート。ただしこの日は、この後、車で補陀落山寺→神倉神社→熊野速玉大社と回った。

8:05、大門坂バス停に到着。

熊野三山といえば神の使いとして知られる、三本足の八咫烏(やたがらす)。
サッカー日本代表のマスコットでもある。

それでは大門坂バス停(=駐車場)を出発しよう。

大門坂の入口。写真右側の道路は自動車道。左側の道は徒歩専用の熊野古道。
いずれも道も熊野那智大社に通じている。

それでは熊野古道を進む。

大門坂に入るとすぐの所に南方熊楠(みなかたくまぐす)の滞在跡がある。
南方熊楠は微生物研究者であり、ここで粘菌の研究を行った。

鳥居をくぐると、振ヶ瀬橋(ふりがせばし)を渡る。
この橋の向こう側が聖域とされている。

大門坂は、熊野古道の中でも中辺路(なかへち)の一部である。

すぐ夫婦杉が見えた。

熊野古道らしい、石畳の道を行く。

多富気王子(たふけおうじ)跡。王子とは熊野参詣者の守護祈願を目的として建立された神社のこと。
熊野古道に多数あり、九十九王子(くじゅうくおうじ)ともよばれる。
この多富気王子はその中でも最後の位置にある。

熊野古道をさらに進む。

唐斗石(からといし)ととばれる祈り石。

十一文関跡。昔はここで通行税を取っていた。十一文は200円くらい。
ちょうどここで初めて、遠くに「那智の滝」をうっすらと見ることができる。ここまで来て滝を見ずに帰れるかという心理を絶妙に見透かした場所に関所はある。

ラストスパート。

空き地に着いた。ベンチで少し休憩。

熊野那智大社の方向に進む。

那智山観光センターに着いた。
ここは、紀伊勝浦駅から那智山方面へ行くバスの終点でもある。

遠くの山には薄雲が広がっている。

この石段の先に熊野那智大社と青岸渡寺がある。

実方院(じっぽういん)跡。上皇や法皇の熊野行幸は百十余度行われたが、その際ここに宿泊された。

さらに石段を上る。

聖観音(しょうかんのん)さん。

熊野那智大社の「一の鳥居」に着いた。しかし、改修中で全く分からない。
(今回2019年7月20日)

(前回2019年2月2日)

熊野那智大社のご祭神は沢山あるが、主祭神は熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ、いざなみ)である。
なお、熊野三山は同じ熊野の神様(家都美御子大神(すさのお)・熊野速玉大神(いざなぎ)・熊野夫須美大神(いざなみ))を祀っており、熊野三所権現(くまのさんしょごんげん)という。
ただし、それぞれ主祭神が異なっている。

手水舎(ちょうずしゃ)も改修中。この水は「那智の滝」の水である。

紫陽花がまだ咲いていた。

石段を上る。

「二の鳥居」が見えてきた。

拝殿に着いた。主祭神は熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ、イザナミノミコト)。

御縣彦社(みあがたひこしゃ)。八咫烏(やたがらす)は熊野の神様のお使いである、三本足のカラスである。

サッカー日本代表のユニフォームにも八咫烏。

八咫烏の絵馬(?)

熊野那智大社の御朱印。

御縣彦社の御朱印。ここにも八咫烏。

熊野那智大社を出発し、隣の青岸渡寺を参拝する。
といっても、お互いはこの距離である。
左が熊野那智大社で、右が青岸渡寺。

青岸渡寺側から見た熊野那智大社。

西国三十三所第一番札所・青岸渡寺(せいがんとじ)。山号は那智山。宗派は天台宗。
本尊は如意輪観世音菩薩(にょいりんかんぜおんぼさつ)。
この本堂は織田信長の焼き討ちにより焼失したが、再建された

青岸渡寺の如意輪観音が筆者の一番のお気に入りの観音さんである。
しかし、秘仏のため普段は公開されておらず、秘仏の前に御前立(おまえだち)が安置されている。
須弥壇内部は撮影禁止のため、テレビ放送からご紹介する。
本尊御前立・如意論観世音菩薩。
半眼によって、私たちの内と外(心と体)を見通し、慈悲の心で見守ってくださっている。

青岸渡寺の御朱印。今年2月にも参拝しているので、重ね印をお願いした。

本堂を参拝した後、見えてくるのは那智の滝と三重塔。

青岸渡寺のご詠歌。
「補陀洛や 岸打つ波は 三熊野の 那智のお山に ひびく滝つ瀬」

鐘楼。

大国堂。大黒天だけでなく、七福神全てが祀られている。

大国堂の隣には茶店があったので、ご当地ソフトの黒飴ソフトクリームをいただいた。
あと、飲料水として那智の滝の水をいただいたのだが、この水が軟水で美味しかった。

三重塔へ下りていく。

この塔はエレベーター設置されており、上層まで上ることができる。300円。
↓こんな感じ。

塔内部の千手観音さん。

お不動さん。

これもお不動さん。

これは如意輪観音さんかな。

塔内部拝観の次は那智の滝へ向かう。

滝自体がご神体であり、飛瀧神社(ひろうじんじゃ)とよばれる。熊野那智大社の摂社となっている。

滝のふもとまでやってきた。参入料は300円。

那智の滝。

滝水をいただく。

祈願所。

来た道を戻る。

お土産はお滝もち、那智黒飴、まぐろハム。

飛瀧神社の入口に車を停めていたので、ここから車で那智駅方面へ向かう。

そして着いたのが補陀落山寺(ふだらくさんじ)。山号は熊野山。宗派は天台宗。
秘仏である本尊は十一面千手千眼観世音菩薩(じゅういちめんせんじゅせんげんかんぜおんぼさつ)。

寺務員の方に御朱印をいただき、本尊の観音さんに関する話を伺ったところ、何と500円で秘仏を見せていただけるとのこと。
二つ返事で承諾し拝見した。
もちろん撮影は禁止なのだが、拝観後絵ハガキをいただいた。
本当に見事な観音様であった。これは国の重要文化財。
仏様と光背の色が微妙に違うのだが、これは作られた時代が異なるためだとのこと。
なぜ異なるのかは不明だが、光背も仏像と同時期に作られたものであれば、間違いなく国宝指定されていただろうとおっしゃっていた。

補陀落山寺の御朱印。「圓通殿」と書かれている。

本堂の横には補陀落渡海のときの補陀落船のモデルが置かれていた。

補陀落渡海は、この中にこもり、外からクギで密閉し、観音浄土である補陀落を目指して漂流する、まさに捨て身の行であった。

観音さんの中でも如意輪観音さんがお気に入りの筆者にとっては、青岸渡寺本堂の如意輪さんは見とれるほどであった。
また、補陀落山寺は、須弥壇からして素晴らしく、観音さんだけでなく、多聞天、増長天、不動明王など、どれも見ごたえのあるものであった。
そして、熊野那智大社であるが、もともと神武天皇が那智の滝を発見されたその時から信仰が始まった。
神武天皇は日本の初代天皇であり、生誕年は紀元前である。それだけの壮大な歴史の中で、今なお信仰が息づいていることに感動した。

大門坂から熊野那智大社へと向かう熊野古道は大変雰囲気のある道で、少々坂はありますが 40 分程度なので、皆様もぜひ歩いてみてください。

さて、この後、神倉神社を経て、熊野速玉大社に向かうのだが、
それは次回にご紹介します。

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