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京都大原

初夏の大原

皆さま、お久しぶりです。
前回のブログが5月30日であり、今回のブログを書き上げたのが7月19日なので、ざっと1か月半も空白ができてしまった。これは筆者の怠慢以外の何ものでもありません。
それから 3, 4か所は訪問しており、これからがんばって書いていきますので今後ともよろしくお願い致します。

まずは、6月6日に訪問した大原です。
COVID-19 の影響で大原も拝観停止になっていたが、ようやく再開となったので訪れた。
大原は秋の紅葉シーズンや冬の積雪期には何度か訪れたことがあるのだが、温かい季節に訪問するのは初めてである。

参拝日:2020年6月6日

本日は車で訪問し、11時頃到着したのでまずは腹ごしらえをすることにした。
訪れたのは卵かけめしで有名な「はんじ」さん。
お婆さんお一人で切り盛りされている店だ。

お店の中は懐かしい昭和の雰囲気。

メニューは卵かけご飯のみというシンプルさ。

大原の地玉子(有精卵)を使用しているらしく、オレンジ色で濃厚な味わいだった。
ごちそうさま。

駐車場に車を停めて観光開始。

大原といえば、しば漬け発祥の地。
赤シソが7月の収穫を控えていた。

我々の世代でこの歌を知らない人はいないだろう。

「呂律(ろれつ)が回らない」の語源ともなった呂川(りょせん)の横を東に進む。

大原女(おはらめ)の姿をした人形。

呂川の横を進む。

天台宗五箇室門跡寺院のひとつである三千院に到着。

三千院の山門。

奥に見える寺務所で参拝料を納めて境内に入る。

客殿の庭園である聚碧園(しゅうへきえん)。

宸殿には、三千院の本尊となる薬師如来が安置されている。

宸殿を出ると先に往生極楽院が建っている。

往生極楽院の中は撮影禁止なので、テレビ放送からご紹介する。
国宝の阿弥陀三尊。

阿弥陀如来、勢至菩薩、観音菩薩の三体で阿弥陀三尊は形成される。

苔の庭にはわらべ地蔵さんが迎えてくれた。
奥に見えるのは往生極楽院。

弁天さんと宇賀神さん。

アジサイにはまだ早いようだ。

鎌倉時代の阿弥陀石仏。

観音堂。

金色のお不動さんが祀られた金色不動堂。

今日は、阿弥陀三尊と角大師さんのゴールドプレートを購入。
あと、絵ハガキも購入した。

三千院を後にし、次に勝林院を参拝した。
台風で傷んでいた本堂の屋根は修繕されていた。

勝林院の境内図。

勝林院の鐘楼。

ここは大原問答が行われた場所。

欄間の見事な彫刻。

石造の宝篋印塔(ほうきょういんとう)。

観音堂。

日吉山王社。

勝林院の次は、後鳥羽天皇陵と順徳天皇陵を訪れた。

鯖街道を横断し、西の寂光院へ訪れる。

途中、シソ畑の横を通る。

建礼門院が自身の境遇に涙を流したという「朧の清水」。

カキツバタ

寂光院を参拝する前に、建礼門院のお墓参りをする。

壇ノ浦の戦いで目の前で自分の母と子を亡くすという、
この世の地獄を見てしまった建礼門院さんに合掌。

最後に建礼門院ゆかりの寂光院を訪れる。

石段を上っていく。

寂光院の山門。奥に本堂が見える。

書院。

本堂。本尊は地蔵菩薩。
2000年に放火により焼失し、その後再建された。

本堂への入口。

ここからはテレビ放送からご紹介する。
本尊のお地蔵さん。

それまでの本尊は放火により燃えてしまった。

しかし、燃えてしまった後もこのようにしっかり立たれており、
特別公開時に拝観することができる。

燃えたお地蔵さんの中には三千以上の胎内仏が見つかっている。

1186年、建礼門院を気の毒に思った後白河法皇はお忍びで寂光院を訪れ、建礼門院と面会した。
これは大原御幸(おおはらごこう)とよばれるが、
その時に後白河法皇は「池水に汀の桜散り敷きて 波の花こそ盛なりけれ」の句を詠まれた(平家物語)。
その汀(みぎわ)の池がこれ。

大原御幸は平家物語に詳しく書かれている。
平家物語ということで諸行無常の鐘。

モリアオガエルくん。

少し北に進む。

ここは建礼門院が住まわれていた庵があった場所。

燃えてしまったお地蔵さまは、通常はここに保管されており特別公開の時のみ拝むことができる。

最後にもう一度建礼門院さんに合掌。

15分ほどかけて元の駐車場に戻ってきて帰宅。

自粛明けでようやく大原に行くことができた。
初夏の大原に行くとこんなにも青々としているのかと気づかされた。
次訪れるのは、また紅葉のときかな。

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