スポンサーリンク

高野山

高野山 登山 町石道コース(九度山・慈尊院〜大門〜奥之院)

高野山に金剛峯寺(こんごうぶじ)を建て、真言宗を開いたのはご存じの通り弘法大師・空海である。
空海は香川県・善通寺で生まれ、母親もそこに住んでいた。
息子である空海が開いた高野山を見たいと考えた母親がここまで訪れに来たのだが、高野山は女人禁制(にょにんきんせい)だったため登ることが許されず、空海は母親を麓の慈尊院(じそんいん)に住まわせた。
空海は、母親に会うために月に九回ほど高野山から慈尊院まで山を下りてきたため、この辺りは九度山(くどやま)とよばれる。
母に会うために歩いた道が町石道(ちょういしみち)であり、現在もハイキングコースあるいはトレランコースとなっている。
ただし、距離は 180 町(1 町は 110m なので、およそ 20km)もあるので、健脚向きのコースである。
本日は35度を超える猛暑が予報されていたが、高野山は平地よりは涼しいだろうと考え、思い切ってチャレンジしてみた。
本日の歩行距離は本ブログ最長の 27km となった。

徒歩で高野山に向かう道はいくつかある。
前回は⑥の京大坂道を通り、極楽橋駅から高野山まで歩いた。
本日は、九度山駅から①と②の町石道(ちょういしみち)を行く。

歩行日:2019年8月10日
出発地:南海電鉄・九度山駅(7:10)
到着地:奥の院前バス停(17:10)
総歩行距離:27.0 km

本日のルート。
町石道は180町であり、その間、町石が180個建っており、それを全て通ることになる。
道中、体力的にきついのは展望台の前後500m(図の 4km付近)、矢立茶屋の直後1km(図の17km付近)、大門の手前(図の23km付近)の3か所であった。
あと、六本杉(図の5~8km付近)までは、蚊やアブがまとわりついてくるのに注意。

備忘録。
食べ物と飲み物が買える場所は限られる。
早朝出発の場合、パンやおにぎりなどの食料はなんば駅でしか買えない。
飲み物はなんば駅の他、九度山駅、道の駅くどやま、矢立茶屋の3か所で購入できる。
夏場に歩く場合、特に六本杉までの間に蚊やアブ、蜂の攻撃にさらされることになる。
防虫スプレーと虫よけ、キンカンなどは必携である。また、同様の理由で長袖の方が良い。
タオルと杖もあった方が良いだろう。

南海・なんば駅 6:00 ちょうど発の急行・橋本行きに乗った。

橋本駅には 6:51 に着き、引き続き 6:57 発の各停・極楽橋行き乗り換えた。

九度山駅には 7:08 に到着した。

九度山は真田昌幸、幸村親子が幽閉された場所として有名であり、駅名の横にも真田家の家紋である六文銭(ろくもんせん)が描かれている。

この日は猛暑が予測されていたため、まずは駅の自販機で緑茶1本を購入した。
ゴールとなる高野山までの間、飲み物は九度山駅、道の駅くどやま、矢立茶屋の3か所でしか買えないので注意。

それでは九度山駅を出発。歩道橋を渡る。

九度山の交差点を通り過ぎる。すでに朝7時とは思えないほどの暑さである。

西に進む。

7:20、真田古墳(真田の抜け穴)に到着した。というか、歴史好きの筆者が寄り道したという方が正しい。
真田幸村は関ケ原の戦いで西側(石田三成側)についたため、敗者となり、戦後、ここ九度山に幽閉された。
その後、この抜け穴を使って脱出し、大阪城へ向かい、大阪冬の陣で真田丸を構築して大活躍したと伝わる。
ただ、昭和28年の発掘調査で、この穴は6世紀頃に作られた古墳であることが判明し、真田古墳と命名された。
しかし、この穴を使って脱出できないかと、幸村は実際に思案したのではないかと筆者は思うのだが。

西に 200m ほど行き、真田庵に向かう。

7:25、真田庵(さなだあん)に到着。ここは真田昌幸、幸村親子が実際に住んでいた場所である。
別名、善名称院(ぜんみょうしょういん)という寺院である。

瓦には六文銭が描かれている。

右側に見えるのは与謝蕪村の句碑。
「炬燵して語れ真田が冬の陣」
「かくれ住んで花に真田が謡かな」

雷封じの井。真田幸村が雷を封じ込めたという伝説の井戸。

本堂。本尊は地蔵菩薩。

弥勒菩薩(みろくぼさつ)を祀った土砂堂。

真田三代の御霊を祀った真田地主大権現(さなだじしゅだいごんげん)。
真田家家紋の六文銭は三途の川の渡船代ともいわれる。

二代目の松。

真田庵を出発し、慈尊院に向かう。

丹生川(にうがわ)を渡る。

7:35、道の駅くどやまに到着。
飲み物を買えるのはここが最終ポイントなので、緑茶1本、ポカリ1本を購入。
あと、きれいなトイレもここが最後となるので、済ませておいた方が良い。

慈尊院へ向けて出発する。

日陰がなく、うだるような暑さだが、町石道に入ると木陰になると信じて進む。

真田幸村の優秀な家臣である真田十勇士(じゅうゆうし)。
猿飛佐助(さるとびさすけ)、霧隠才蔵(きりがくれさいぞう)、三好清海入道(みよしせいかいにゅうどう)など、日本人なら誰でも知っている武将たちが電柱に描かれていた。

慈尊院橋を渡る。

慈尊院の石柱。

7:55、町石道(ちょういしみち)の出発点であり、空海の母親が住んでいた慈尊院に到着した。
以前訪れた室生寺と同じく、ここも女人高野(にょにんこうや、女性が女人禁制の高野山の代わりに参拝する寺院)である。

多宝塔の左に石段があり、石段を少し上ったところに鳥居が見えるが、その鳥居のすぐ右側に町石道のスタートとなる180番の町石がある。

山門をくぐると、すぐ右手には大師堂(だいしどう)がある。本尊はもちろん弘法大師・空海。

多宝塔。多宝塔のすぐ左の石段が町石道のスタート地点である。

本堂である弥勒堂(みろくどう)。国宝である本尊・弥勒菩薩と空海・御母堂が祀られている。

本堂の両側には、女人高野らしく、おっぱい型の絵馬が多数奉納されている。

また、町石道の参詣者はこの本堂で道中の無事を祈願する。
筆者もおっぱいに囲まれながら、「無事に歩けますように」と祈願した。

本堂の向かい側には拝堂があり、ここで御朱印をいただいた。

慈尊院の御朱印。奉拝、女人高野、弥勒仏、慈尊院と書かれている。

蓮華をかたどった噴水。

8:05、それではいよいよ高野山へ向けて、町石道に入る。
先述したように、鳥居のところに180番の町石(ちょうせき)がある。

鳥居の横には180番の町石がある。

石段を上りきると丹生官省符神社の鳥居が出迎えてくれる。

拝殿で道中の無事を祈る。

案内の通りに進む。

このように、町石道には 110m 置きに町石がある。
これは179番の町石。
ゴールである、1 番町石がある高野山・壇上伽藍に向けて進む。

町石道を進む。

このように、岐路には必ず標識があるので、迷うことはないだろう。
高野山の入口にあたる大門に向けて歩を進める。

比叡山と違って、高野山の参詣道はツキノワグマが生息しているので注意が必要である。
今年の6月末には黒河道(くろこみち)でクマが見つかっている。
筆者はクマよけの鈴は携行しているし、足跡や動物の糞は絶えず注意していた。
幸いなことに道中クマに出くわすことはなかったが、鹿の糞はいくつか見られた。

町石の横を通り過ぎる。

169 町石だから、慈尊院から 1.2km ほど進んだことになる。

だいぶ高い所まで来た。

この辺りから木陰がなくなり、上り勾配も急となるため、きつかった。

展望台に寄り道する。

8:45、展望台で少し休憩。

展望台からの風景。橋本市街と紀ノ川が見える。

ここからしばらくは、日陰がない中での歩行となる。

無人販売所でスモモが4個100円で売っていたので購入した。

163 町石を過ぎる。

ようやく木陰の中に入ってきた。

木陰に入ると、今度は蚊とアブの攻撃に悩まされた。

筆者が携行していたのは、このハチ除けスプレー。アブにも効果があった。

9:15、銭壺石(ぜんつぼいし)。

町石が次々と現れるので、あとどのくらいかが分かり、同じ距離を歩いても精神的には楽な気がする。

154町石。

この辺りは勾配は緩やかだが、蚊とアブがまとわりついてくる。

150町石。180町石がスタートなので、慈尊院から30町、およそ 3.3km 歩いたことになる。
九度山駅から慈尊院までは 2km なので、トータルでは 5km ちょっと歩いている。

9:40、お地蔵さん。暑さにも強い高野マキが供えられている。
オン カカカビ サンマエイ ソワカ。

木漏れ日の間を歩いていく。

9:45、一里石。およそ 4km くらい。

一里石は地図の真ん中辺り。次は六本杉峠を目指す。

142町石。

どんどん進む。

137町石。

10:05、六本杉に到着。少し休憩。
ここから丹生都比賣神社(にうつひめじんじゃ)にも立ち寄りたかったのだが、今日はゴールの奥之院の閉堂時刻が 16:45 なので、
あまり寄り道している時間はない。丹生都比賣神社は車でも行けるので、またの機会に立ち寄ることにする。

今日は大門方面へ進む。

六本杉峠を出発し、次のポイントである二ツ鳥居を目指す。

10:15、六本杉を出発。

古峠(ふるとうげ)を経て、二ツ鳥居へ向かう。

132町石。

そこから 100m ちょっと進むと次の 131町石。

124町石。

10:33、古峠に到着。万一、リタイヤする場合はここから上古沢駅に抜けることができる。
ただし、急勾配を下りて行かないといけないらしい。
このように町石道にはいくつかリタイヤ可能な分岐点がある。

もちろんリタイヤせず、引き続き町石道を進む。

10:40、二ツ鳥居の休憩所が見えてきた。

しばらく休憩しようと思ったが、先客のスズメバチさんが天井に巣を作っていたため、早々に退散することにした。

泣く泣く休憩所を後にする。

休憩所の隣に二ツ鳥居がある。

二ツ鳥居からも上古沢駅に抜けることができる。筆者は大門方面へ。

次は、神田地蔵堂→二里石→笠木峠→矢立茶屋へ。

10:42、二ツ鳥居を出発。120町石。

118町石。

117町石。

なぜかこの辺りは虫がいなくて快適に歩ける。

白蛇の岩と鳥居。

やがて右手に紀伊高原ゴルフクラブというゴルフ場が見えてきた。

ティーショットを打つ横に日陰のベンチがあったので、そこで休憩させてもらった。

さて、出発。この付近はゴルフ場の横が町石道となっている

やがて、横に田んぼが見えてきた。

11:03、神田(こうだ)地蔵堂に到着。

田畑が広がっている。

神田地蔵堂でお参りする。オン カカカビ サンマエイ ソワカ。

111町石。

106町石。

100町石。残り100町ということは、ゴールまであと 11km くらい。

まだ横はゴルフ場である。

93町石。

11:47、ようやく半分の90町石まで来た。
ちょうどここで高野山側から老夫婦が下りてこられた。
お互いあと半分がんばりましょうと励ましあって別れた。

まだまだ進む。

11:57、笠木峠に到着。筆者は大門方面へ。

次は矢立茶屋を目指す。矢立茶屋では名物「やきもち」を食べることができる。

72町石。
1,000年以上もの間、多くの参詣者が通ってきた道であり、弘法大師・空海も母親に会うために通った道である。

70町石。

あと 7.5km。

柵が現れ、人里が近いことを示している。

63町石。

左に道路が見えてきた。

12:56、矢立茶屋に到着。
ここで昼食をとることはできず、食べ物は「やきもち」しかおいていないので注意。

矢立茶屋の中で「やきもち」を注文し、冷茶をいただいた。
疲れた体に甘味は抜群に美味しい。

ここから大門まではおよそ2時間ほど。
矢立茶屋から30分ほどの道はきつめの上りとなっている。
飲み物はここで買っておかないといけない。

13:11、それでは60町石のある矢立茶屋を出発する。

六地蔵ならぬ七地蔵。その横には町石。横には町石。五十いくつかのはずだが判読できなかった。

ここからがきつい上りである。

55町石。

袈裟掛石。ここからは聖なる領域。

先ほどの茶店で、冷茶をたらふく飲んだので、汗が滝のように出てくる。

押上石。

筆者にとって一番きつかった坂がここである。

50町石。

44町石。

14:07、道路を横断する。横断直後に40町石がある。

道路を横断して、また上る。

14:11、急登を上りきると、龍門山と飯盛山が見える展望台が見えてきた。

今度は休憩できるかなと恐る恐る天井を見上げると、、、

ここにも先客のスズメバチさんがいたので、休憩はあきらめる。

展望台からの風景。

どんどん進む。

34町石。

倒木を発見。

倒木の下に 33 町石があった。

30町石。あと 3.3km。

28町石。

14:36、鏡石に到着。光明真言を唱えておいた。

少し行くと幸いなことに川が流れていたので、顔を洗い、火照った顔を冷ました。

顔を冷やして元気が出たので、再度出発。

24町石。

22町石。

20町石。あと 2.2km。

15:08、橋を渡る。渡った先には16町石。

ゴールまであと少しというところで雷鳴が聞こえだした。急がないと、まずい展開に。

12町石。あと 1.4km ほどだが、大門は7町石にあるので、大門までならあと 600m。
ちなみに町石道のゴールは大門の先にある、高野山の中心・根本大塔である。

11町石。だんだんとカミナリの音が大きくなってきた。

10町石。雷雲が来ないことを祈りながら歩く。

9町石。

左側は道路のはずである。

道路が見えてきた。

15:35 大門到着~!!!

大門の横には7町石がある。

大門は高野山の入口である。
吽形さん。

阿形さん。

一礼して大門をくぐる。くぐった直後には6町石があった。
大門におられた警備員さんに労いの言葉をかけていただいた。

ここは筆者のブログでも何度も通った道。

5町石。

4町石。

道路沿いを歩く。

3町石。

自分へのご褒美にソフトクリームを食べる。
ファミマの横が2町石である。

そして1町石。この次はゴールの壇上伽藍(だんじょうがらん)なので、町石はこれが最後である。

1町石は茂みに埋もれていた。

壇上伽藍の入口である中門に到着。

16:05、高野山の本堂である金堂。

金堂の右隣には根本大塔。改築中。

このあと、バス停でバスの時刻表を見ると、奥之院行きのバスはもう終わっていた。
慌てて5分ほど歩き、何とか金剛峯寺の辺りでタクシーを拾い、奥之院入口まで送ってもらった。
で、16:21、奥之院参道到着。

閉堂時刻は 16:45 なので、大急ぎで弘法大師御廟に向かう。

おそらく間もなく閉まるので、先に御朱印をいただいた。

御廟へ向かう。

いつも通り、この橋から先は撮影禁止である。
燈籠堂とその裏にある弘法大師御廟、そして地下の法場を参拝することができた。
16:45 ちょうどに燈籠堂を出たので、この日は筆者が最後の参拝客となった。

最後はタクシー使うことになったが、無事に奥之院まで行くことができた。
奥之院前バス停まではプラプラと歩く。
すでに燈籠が灯っている。

豊臣秀吉のお墓。

徳川家のお墓。

法然さんのお墓。

この辺りから雨が降ってきて、すぐに大雨となった。

17:10、無事にバスに乗ったが、外は土砂降りである。

17:30、高野山駅に着き、新造されたスイス製のケーブルカーに乗る。

この後は、ふもとの極楽橋駅から南海電車に乗り、帰途についた。

連日の猛暑が伝えられる中、どうしようかと思ったが、結果的には行って良かったと思う。
山に入ると木陰で、平地より涼しいので、暑さはそれほど大したことはなかった。
それよりも、途中の虫の攻撃や山中での雷の方がよっぽど恐ろしかった。
これらは今後対策を考えて行動しなければいけないと思った。

まあ、そういう苦労があればこそ、最後の奥之院にお参りできたときの喜びもひとしおなのだろうな。

スポンサーリンク

-高野山

© 2021 山歩き町歩き日記 Powered by AFFINGER5