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比叡山延暦寺

ようやく自粛解禁となった比叡山延暦寺

このブログでは、これまでに何度も比叡山延暦寺についてご紹介してきたが、
その比叡山も COVID-19 の影響で4月20日から拝観停止となっていた。
そして、ようやく5月24日から解禁となったので、早速参拝に向かった。
今日は車で比叡山を全部回ることが目標である。

参拝日:2020年5月24日

筆者としては何はともあれ、無動寺明王堂のお不動様を参拝したかった。
比叡山ドライブウェイを走っていると、目立たないところに無動寺のパーキングがあるので、そこに駐車した。

ここから坂本ケーブル延暦寺駅の方向に向かう。

途中、開けていた場所から琵琶湖が見えた。

比叡山中にはこのような石仏が至る所にある。

ケーブル延暦寺駅に到着。

延暦寺駅からも琵琶湖が望める。

さて、ここから無動寺参道に入り、およそ20分ほど歩くと明王堂に行ける。

往路はひたすら下り道である。ということは、復路は、、、

一説では、阿闍梨様ご自身でペンキを塗られたと伝わる黄色の休憩所。

まだまだ下る。

つづら折りの道をどんどん下る。

閼伽井(あかい)に到着。
明王堂のお不動様に供えるお水はこの井戸から汲まれる。
千日回峰行の堂入りでは、九日間の断食・断水・不眠・不臥で行をされるが、
行中毎晩夜中の2時に明王堂を出て、行者はここまでお不動様に供える水を汲みに来られる。

カエルくん

手水鉢の中に何やらいるぞ。

サワガニくんたちでした。

閼伽井を過ぎると200mほどで明王堂に着く。弁天様には後でお参りする。

この石段の上が明王堂である。

鐘楼。

無動寺明王堂に到着。

明王堂からは、琵琶湖と大津市街地が見える。

着いたのが10時20分だったので、11時からの護摩供に参加させていただいた。
これまではまず般若心経を唱えて始まっていたのだが、
この日は般若心経の代わりに、聖不動経を唱えてから護摩供が始まった。
横の戸を開けて、換気しながらの護摩祈祷であった。

久しぶりに阿闍梨様のお加持を受けて気分がすっきりした。
今日が比叡山の解禁日のはずだが、明王堂の護摩供には3月も4月も関係なく信者さんが参加されていたとのことだった。
中には新幹線で来られた信者さんもおられたとのことである。

明王堂を後にし、無動寺弁天堂にお参りする。

弁天様。

無動寺谷エリアを後にし、復路の上り坂を上がり、東塔エリアに着いた。
ニュース通り、拝観料は 1,000 円に値上がりしていた。

山門からお参りしたほうがすっきりするので、ちょっと遠回りして文殊楼に向かった。
これが比叡山の入口にあたる文殊楼。本尊は文殊菩薩。

文殊楼をくぐるとすぐに急勾配の階段にあたり、階下に比叡山延暦寺の本堂である根本中堂が見える。
根本中堂は改修工事中であり、2026年に終わる予定となっている。
ただ、改修中であっても、本堂の中はお参りできるようになっている。

根本中堂の入口。

今年の「比叡山から発信する言葉」は「一々労不惜(いちいちろうふしゃく)」
ここから先は撮影禁止である。本尊の薬師如来を参拝した。

大国堂。三面大黒天が祀られている。

鐘楼。ゴーン。

大講堂。本尊は大日如来。

筆者がいつも紹介する比叡山独自所有の消防車。

東塔エリアを後にし、次に車で西塔エリアに向かった。
西塔の駐車場に車を停め、まずは浄土院へ向かう。

この辺りは人も少ない。

浄土院に到着。
ご存知の通り、伝教大師・最澄に仕える侍真(じしん)というお坊さんが十二年籠山行をされている場所。
本尊は最澄自作の阿弥陀如来。
庭は掃き清められている。

裏手には最澄御廟がある。この前まで改修工事されていたのだが、今ではすっかりきれいになっていた。

垂木には神猿(まさる)が守っている。

浄土院の御朱印は後で訪れる釈迦堂でいただいた。

さて、来た道を戻り、西塔エリアに向かう。
常行堂と法華堂あわせてにない堂とよばれる。
常行堂の念仏(阿弥陀様の周りを不眠でひたすら念仏を唱えながら回る修行)は、ブラタモリでも紹介されていた。

西塔エリアの本堂となる釈迦堂に到着。
しかし、今日は訪れたい場所があるので、後で参拝することにする。

上写真の釈迦堂の左脇から抜けていくと、比叡山ドライブウェイに出ることができ、
注意しながら道路を渡るとこのように瑠璃堂へ向かう道に行ける。

10分ほど歩くと、瑠璃堂が見えてきた。

いつか訪れたいと思っていた瑠璃堂(るりどう)に到着。
筆者は比叡山延暦寺に何度も来ているが、瑠璃堂を訪れるのはこれが初めてである。

比叡山は 1571年、織田信長により焼き討ちにあい、堂宇(どうう)のほとんどを焼失したが、
唯一戦火を免れたのがこの瑠璃堂だといわれている。
薬師如来の正式名称は薬師瑠璃光如来であり、したがって瑠璃堂の本尊は薬師如来である。
瑠璃堂は、2020年10月1日から11月30日まで特別公開されるので楽しみ。

苔の生え具合からみても年季が入っている。

屋根に木が生えている!

再度、釈迦堂へ戻る途中、トカゲくんに出会った。

来た道とは別ルートで戻る。
聖観音さん。

相輪橖。仏塔の一種で中には法華経、大日経などが納められている。

弥勒菩薩石仏。
右上が欠けているのは信長の焼き討ちのときに焼失したためといわれている。
この仏像は老婆の信者が偶然この辺りで見つけたといわれており、
もしかすると比叡山にはまだまだこのような仏像がどこかに眠っているのかもしれない。

裏には梵字が刻まれている。

若山牧水は大正七年に登叡している。

釈迦堂に戻ってきて、お釈迦さんにお参りをし、御朱印をいただいた。


釈迦堂から西塔駐車場へ戻る途中、あと一つ、訪れたことのないお堂があったことを思い出し、
向かってみた。
それがこの椿堂(つばきどう)である。本尊は千手観音。
ニコニコ生放送で、上原行照大阿闍梨様がお気に入りの場所としてここを挙げられていたように思う。

椿堂の横にある、かわいらしい鐘楼。

西塔エリアを後にし、最後に横川(よかわ)エリアに向かう。
途中、峰道レストランに立ち寄り、遅めのお昼ご飯。

横川(よかわ)駐車場に到着。

横川エリアのマップ。中央が横川エリアの本堂となる横川中堂。

龍が池弁天。

これが本堂の横川中堂。懸造り(舞台造り)となっている。

横川中堂を正面から。
本尊は聖観世音菩薩(しょうかんぜおんぼさつ)。
脇侍は不動明王と毘沙門天。

横川中堂を出発し、さらに奥に進む。

恵心堂へ向かう。

恵心僧都・源信が往生要集を書き著した場所。
源信は念仏を始めて唱えた僧侶で、そこから法然の浄土宗、親鸞の浄土真宗が派生していった。
したがって、恵心堂の本尊は阿弥陀如来。

恵心堂を出発し、次に元三大師堂へ向かう。
ここはおみくじ発祥の地。
右側は元三大師が変身した角大師(つのだいし)。

元三大師堂。本尊は元三大師。
霊験あらたかだった慈恵大師・良源は元三大師とよばれ、角大師に変身することができる。

御朱印。角大師(つのだいし)が描かれている。
元三大師堂の正式名称・四季講堂が書かれている。

元三大師堂のすぐ近くにある箸塚(はしづか)弁財天。比叡山三弁天のひとつ。

そこから10分ほど歩くと、元三大師様のお墓である元三大師御廟(がんざんだいしみみょう)に着く。

拝殿の裏に御廟(みみょう)がある。

このキノコのようなものが元三大師の墓標。
この中は決して清掃してはならないという、元三大師様の遺言が今も守られている。
したがって、草ぼうぼうの荒れ放題状態であるが、
「ここを掃除する暇があるなら修業しなさい」の意味が込められているとのこと。
京都の鬼門の方角(北東)に延暦寺が建てられ、延暦寺のさらに北東に横川地区が存在し、
横川地区のさらに北東がここである。
つまり、鬼門中の鬼門中の鬼門である。
鬼が北東から侵入してくるのを、元三大師様は今も守ってくれている。

これで三塔巡拝を済ませることができた。
自粛中も早くお山に上りたいとずっと思っていたので、
解禁されるとつい欲張って全てのエリアに足を運ぶことになった。
また近いうちにお山に上りに来ます。次は車ではなく、登山かな。
お土産は筆者の好物のごま大福。

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