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歴史

一乗谷・朝倉氏遺跡(福井県)

福井市から南東に 10km ほど行った場所に一乗谷(いちじょうだに)はあり、ここはかつて越前の有力大名である朝倉(あさくら)氏が拠点としていた場所である。
朝倉氏といえば、浅井(あざい)氏と共に、織田信長の言うことをきかずにてこずらせたことで有名であり、「姉川の戦い」などは良く知られている。
朝倉氏はまた、比叡山延暦寺の有力なスポンサーである。信長は何度も延暦寺に対し「朝倉氏をかくまうな」と警告したにもかかわらず、
それに従わなかったため 1571 年に「比叡山焼き討ち」を行ったことが知られている。
一乗谷には当時1万人の人が暮らしていたとされるが、比叡山焼き討ちの2年後の 1573 年には一乗谷の町全てが信長により焼き払われ、朝倉氏は滅亡した。

かつて栄華を誇った一乗谷の城下町の遺跡が今も残っており、永平寺の帰りに立ち寄ることにした。
なお、一乗谷はブラタモリでも紹介されている。

訪問日:2019年6月15日

永平寺から車で南西に20分ほど行くと、一乗谷に着く。
山と山の間に挟まれた一乗谷城下町を道路が貫通している。

復元された街並みが観光できる。入場料は210円。

当時は栄華を極めたこと、信長によって完全に焼き尽くされたことなどが書かれている。

一乗谷の城下町は谷にあるので、このように細長くなっている。

一乗谷には、今上天皇も行幸されている。

先述したように、ブラタモリでも紹介された。

中に入ると、戦国時代の街並みが広がっている。

武家屋敷も復元されている。

使用人の住処。

至る所に井戸があった。

これは厠(かわや)。扉はあったのだろうか。

武将の屋敷はかなり広い。

武将が将棋を指しているところ。

朝倉氏の黄金の甲冑。おそらく第五代朝倉義景のもの。

武家屋敷跡。通路だとか柵の跡だとか、言われてみれば分かる。

花菖蒲かな。

こちらは商人の住居。

道路を渡って反対側に向かう。

朝倉氏の屋敷跡。

朝倉氏の家紋である「三つ盛木瓜(みつもりもっこう)」。

盛り上がった土のところに屋敷が建てられていたのであろう。

朝倉氏の墓所。

朝倉氏滅亡の第五代大名の義景まで記載されている。

お不動さん発見!

これは如意輪観音さん。

紫陽花が咲き誇っている。

一乗谷遺跡を後にする。

今は閑散としているが、戦国時代には1万人の人々がここに住んでいた。
実は朝倉氏と浅井氏は、姉川の戦いではあと一歩のところで織田信長を討ちとるところだった。
歴史に「もし」はないが、あそこで朝倉氏が勝っていたら、今の世の中はどうなっていただろうなどと考えながら帰路に着いた。

一乗谷は初訪問だったが、想像以上に門前町の跡が残されていて、歴史好きの筆者にはたまらないものであった。

皆さんもぜひ一度訪れてみてください。

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