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歴史 西国三十三所

西国三十三所観音巡礼 第七番札所・岡寺~明日香村・石舞台古墳

この日は生憎の雨であったが、西国三十三所巡礼から遠ざかっていたこと、また、雨の方が参拝客が少ないかなとも考え、思い切って出発することにした。
前回は壷阪寺まで参拝を終えたので、続きは奈良の岡寺→長谷寺→興福寺南円堂となるのだが、朝から出発して行ける所まで行こう。
そのため、車で行くことにした。

歩行日:2019年7月27日
出発地:岡寺門前駐車場(10:20)
到着地:石舞台地区無料駐車場(12:10)

岡寺までは、電車で行く場合、橿原神宮前駅から飛鳥周遊バスに乗ることになるが、バスで30分かかり、バス停からも10分歩くことになる。車で行く場合は、岡寺仁王門付近に無料駐車場があるが、そこに行くまでが非常に分かりにくく、かつ細い道であることから、筆者は手前の岡寺門前駐車場に駐車した。この駐車場は岡寺とは無関係であり、駐車料金500円かかるが、県道沿いにあるため駐車しやすい。Google マップで「岡寺門前駐車場」と検索してください。

岡寺門前駐車場から5分ほど歩く。写真の奥に見えるのが岡寺門前駐車場。

岡寺の本尊は如意輪観音であるが、木像ではなく塑像(そぞう、粘土で作った像)であることが特徴的である。

緩やかな坂道を上っていく。

上りきると仁王門が見えてきた。

正面が、国の重要文化財である仁王門。左側の受付で拝観料 400 円を納める。

岡寺公式 HP より。

岡寺の山号は東光山。寺号は龍蓋寺(りゅうがいじ)。宗派は真言宗豊山派(ぶざんは)。
義淵僧正(ぎえんそうじょう)により7世紀末に建立された。
西国三十三所の第七番札所である。
また、日本最初の厄除け霊場でもある。

仁王門の阿形と吽形がにらみを利かせている。

手水舎。

岡寺の手水にはダリア(天竺牡丹、てんじくぼたん)の花が浮かべられている。

手水で心身を清めた後は石段を上っていく。

お地蔵さん。

さらに上っていく。

左手に本堂が見えてきた。

土砂降りの雨の中の鐘楼。

岡寺の梵鐘は参拝者が撞くことができる。ゴーン。

本堂。本尊が大きいため、お堂も迫力がある。

香炉に線香をお供えする。

本堂外陣。

内陣はもちろん撮影禁止なので、テレビ放送からご紹介する。
本尊の如意輪観音さん。先述したように塑像である。

左右の脇侍(わきじ)には不動明王と愛染明王。

本尊胎内仏の如意輪観音さん。

御朱印をいただいた。「厄除大悲殿」。

西国三十三所スイーツ巡礼、岡寺のは厄よけせんべい。

本堂を出る。

本堂の向かいには龍蓋池がある。
飛鳥を荒らす悪龍を、岡寺を創建した義淵僧正がこの池に封じ込めた。
龍に蓋(フタ)をしたので龍蓋寺(りゅうがいじ)とよばれる。

池の中央付近の細長い石が蓋であり、この下に悪龍が封じ込められている。

義淵僧正が龍を退治するシーン。

岡寺を創建した義淵僧正。この坐像は国宝として奈良国立博物館に所蔵されている。

岡寺の境内図。次に奥之院に向かう。

十三重石塔。

弘法大師ゆかりの湧水となっている「瑠璃井」。
飲めないが、仏様に供える水として、現在も重用されている。

稲荷明神社。

本堂から10分ほどで、奥之院石窟に着いた。

石窟の中には弥勒菩薩が安置されている。

奥之院まで参拝できたので下に戻る。苔で覆われたお地蔵さん。

下りていく。

義淵僧正の御廟(ごびょう)。

義淵僧正の廟塔と伝えられる宝篋印塔(ほうきょういんとう)。

眼下に本堂を望む。

平成13年に再建された三重宝塔。
毎年10月第3日曜日に内部公開される。

さらに下りると弘法大師を祀った大師堂がある。

弘法大師・空海さん。右手には密教の法具である五鈷杵、左手には数珠を持たれている。

前回の壷阪寺と同じく、この岡寺も始まりは奈良時代以前の飛鳥時代といわれる。
それだけ歴史があると、池ひとつ井戸ひとつとっても、それぞれに物語があるのが非常に興味深い。
また、本尊の如意輪観音は高さ 4.85m で色白で土で作られたており、大変珍しいものであった。
写真やテレビで見るより、実物の方が迫力があるので、ぜひご自身でご覧になってみてください。

さて、岡寺参拝を終えた筆者は、次に石舞台古墳を訪れた。
岡寺から車で5分ほど南に行ったところにある。

無料駐車場に停め、入場料250円を支払い、中に入るとすぐに石舞台が見えた。
巨石30個を積み上げてできた石室の古墳であり、飛鳥時代に造られたと考えられている。
盛土が失われて、天井石が平らになっていることから「石舞台」ととばれている。
で、肝心の誰の墓かということであるが、正確には不明である。
しかし、付近に蘇我馬子の庭園があったことから、馬子の墓ではないかと考えられている。
本当は盛土等で覆い隠されていたはずが、横暴な蘇我馬子は恨まれていたため、石がむき出しにされたとも考えられている。

石室内に入ることができ、中にはガイドさんがいて解説してくれた。

石室内部。上に70トンもの石があると思うと少し怖い。

石室内に収められていた石棺のモデル。

昼食は石舞台古墳向かいにあるレストラン「あすか野」さんで。
サバの柿の葉寿司が付いたそうめんセットを注文した。

この後は車で長谷寺に移動したが、続きは次回にご紹介します。

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