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当尾の石仏

浄瑠璃寺奥之院のお不動さま、再びお立ちになる!

まずは下の写真をご覧いただきたい。
これは2020年6月20日に、筆者が浄瑠璃寺奥之院を訪れた時の不動明王像の写真である。
制多迦童子像と矜羯羅童子像の間にお立ちになっていた不動明王立像が見るも無残に倒れているのを発見した。
筆者は、この地域の普及・保全にご尽力されている「弥勒の道プロジェクト」様に連絡し、浄瑠璃寺のご住職にご連絡いただいた。
「弥勒の道プロジェクト」様によると、どうも写真左の大岩が地盤の緩みにより落下してきて、お不動さまを直撃したらしいとのことであった。
筆者はショックのあまり、このことをブログ記事にできずにいた。

お不動さまがお立ちになっていた場所。足首から折れているのが分かる。

上から見た写真。

皆様のご尽力により、そのお不動さまを復旧していただいたということを、「弥勒の道プロジェクト」様から Twitter を介して教えていただいたので、
半年ぶりにまみえに行った。

歩行日:2020年12月19日
出発地:木津川市コミュニティバス・岩船寺バス停(09:30)
到着地:木津川市コミュニティバス・加茂山の家バス停(15:40)
総歩行距離:11.5 km

今日のルート。
JR 加茂駅からバスに乗って岩船寺に行き、そこから浄瑠璃寺まで歩くという、このブログでは何度も紹介しているコース。

大阪駅から大和路快速に乗って、終点の加茂駅で下車する。

9:30、加茂駅から木津川市コミュニティバスに15分ほど乗り、岩船寺バス停で下車した。
まずは、お漬物をゲット。

岩船寺(がんせんじ)山門の前にある石風呂。

岩船寺の山門。

山門をフレームにして、三重塔を撮ってみた。

本堂。本尊は阿弥陀如来であり、
ご住職がいつも話される、宇治の平等院鳳凰堂の阿弥陀さまよりも100年古い、二重円相光背の丈六(じょうろく)の阿弥陀さま。
ここにはたくさんの仏像が安置されているが、有名なものとしては三重塔から移設された普賢菩薩騎象像。

以前は阿弥陀さまの御朱印をいただいたので、今日は普賢菩薩さまのを。

サザンカ サザンカ 咲いた道~

十三重石塔。

三重塔。重文。
三重塔の内部には五大明王が描かれており、以前紹介した

岩船寺の三重塔といえば、フンドシを締めた隅鬼(すみおに)を紹介しないわけにはいかない。
この垂木を支えている隅鬼くんも重要文化財である。

三重塔から見た本堂。

岩船寺さんの公式ツイッターで、池に石の舟が沈んでいることを教えていただいた。
岩船寺の名前の由来はここから???

当尾(とうの)地区といえば、やはり石仏。

これは石室不動明王。

お地蔵さま

五輪塔。
東大寺の別当であった平智僧都の墓と考えられている。

岩船寺を後にし、石仏の道を歩いて浄瑠璃寺へ向かう。

10:47、三体地蔵の石仏に到着。

優しいお顔をしておられる。

10:54、弥勒の石仏に到着。
風化が激しく、年々分かりにくくなっているように思える。

野里の道を進む。

案内板が見えてきた。

お不動さまは外せないということで、一願不動の方へ寄り道する。
一つの願いを一心に祈るとかなえてくれるお不動さん。
岩船寺の奥之院に相当する。

加茂の町が見える。

この石段を下ると一願不動へ行ける。

一願不動さま

そこから来た道を戻り、当尾で最も有名なわらい仏へ向かった。

鎌倉時代の石仏にもかかわらず、上の石が屋根の代わりとなったため、風化がほとんどみとめられず、
彫りが当時のまま残っている。
阿弥陀・観音・勢至の典型的な阿弥陀三尊。
微笑んでいるように見えるかな?

テクテク進む。奥に見えるのが唐臼(からす)の壺。

11:37、唐臼の壺に到着。
この穴が粉を引く唐臼(からうす)に似ていて、からうす→カラスになまったと考えられている。

唐臼の壺の近くには「唐臼の壺二尊」とよばれる石仏が存在する。

一体目はこの阿弥陀さま。
右側の四角は灯篭(ロウソク立て)。

そして、二体目は阿弥陀様の左横に90度向いておられるお地蔵さま。
互いが90度向いているのは、これらの石仏は昔は道しるべの役割を担っていたものと考えられる。

普段ならこのまま浄瑠璃寺へ向かうところなのだが、今日は3人組で歩いているので、
内ノ倉不動明王磨崖仏へ行く。
とにかく道が分かりにくく、以前筆者が一人で行ったとき遭難しそうになった場所である。

道が整備されていたこともあり、今回は比較的すんなり着いた。
1334年の磨崖仏である。

お不動さまのお顔や剣が何となくお分かりになるであろうか。

さらに進んでいく。

サザンカ?
ツバキ?

右手には、旬の野菜が並ぶ吊り店。左手には「藪の中三尊」。

中央にお地蔵さま、左に阿弥陀さま、右に観音さまという珍しい取り合わせ。
当尾の石仏のうち、年号が判明している最古のもの。
大工と小工の名前も判明している。

浄瑠璃寺の参道。

参拝の前にあ志びの店さんでお昼ごはん。

とろろ定食。生麩の佃煮が名物とのこと。美味い!

浄瑠璃寺の山門。

浄瑠璃寺さんは、東方浄瑠璃浄土を表す三重塔(国宝)から参拝するのが順序とのことなので、
まずは現世の苦悩を救済する薬師如来のおられる三重塔を参拝する。

今日一緒に回っていただいた方々。

三重塔の次は、西方極楽浄土を表す本堂を参拝する。
本尊は九体の阿弥陀如来であるが、ちょうど今、中央の阿弥陀さまは修復中で、その場所に秘仏の大日如来さまが安置されていた。

浄瑠璃寺の御朱印。九体仏(くたいぶつ)。
浄瑠璃寺は九体寺(くたいじ)ともよばれる。

14:00、さて、浄瑠璃寺を後にし、奥之院へ向かう。

左手に石仏が見える。

阿弥陀さまの石仏。

奥之院の入り口に着いた。
ここは危険なので単独では行かないように書かれている。

14:16、10分ほど山道を下り、奥之院に着いた。

おおうっ、お不動さまがお立ちになっているではないか!

自らを崩落させた大岩の上に立たれるという、シュールな光景。
このドヤ顔こそがお不動さま。

実はこれらの不動三尊立像は昭和になってから彫られたもので、
鎌倉時代後期の磨崖仏(1296年)はその少し上にある。


不動明王磨崖仏は石が割れ、上半部と下半部に分かれている。
これは上半部。

そしてその上にある石には下半部と銘文が刻まれている。合掌。

お不動さまの復旧にご尽力された方々に感謝し、出発する。

帰り道のお地蔵さま。

日本人の心のふるさとのような一枚。

そこから少し進むと「ツジンドの焼け仏」がある。

最後の石仏に向かって進む。

これは「大門仏谷の如来形大摩崖仏」。
丈六の大きさであり、当尾の石仏群中、最大の磨崖仏となっている。
かつては真下まで行ける道があったそうだが、現在は草に埋もれてしまい、谷を隔てた道が拝所となっている。

15:41発加茂駅行きのバスを待つ。

バスに乗って帰宅。

お不動さまの元気な姿を拝見でき、感無量の旅となった。
ただ、奥之院の上方向にはまだまだ大きな岩があり、地盤の緩み等によって崩落してくる危険性はあるようにみえた。
やはり単独では行かれない方が良かろう。

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