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その他神社仏閣

即身仏が祀られたお寺-横蔵寺

皆さんは即身仏(そくしんぶつ)という言葉をご存知だろうか。
一言でいうと僧侶のミイラである。

江戸時代までは、僧侶の中には衆生を救うため、生きたまま仏になる道を選ぶ者がいた。
これが即身仏である。

方法は、土の中に入り、竹筒の先端を地上に出して呼吸だけできるようにして入定(にゅうじょう)する。
腐乱すると上手くミイラとならないため、生きている間は木の芽だけを食し、体から脂肪分と水分を極限まで取り除いて腐敗を防ぐ。
また、細菌が繁殖しないように、漆やミョウバンを飲み続ける必要がある。

全て死を前提としているため、大変な精神力が必要とされる。
即身仏を目指しても、腐敗して上手くミイラとならないケースも多かったという。

ちなみに、エジプトのミイラは腐乱しているため、包帯でグルグル巻きにする必要がある。
一方、日本の即身仏は、そのようなことをせずとも白骨化せずに維持可能となっている。

筆者が小学生の頃には、即身仏のことをテレビでもよく放送していたように記憶しているが、最近は見たことがない。
尊いことであっても、やはり一般人にはショッキングに映るのかもしれない。

ちなみに現存する即身仏は以下のようになっている。

現存する即身仏の一覧
人名 寺院名 所在地 入定年または没年 享年
石頭希遷 總持寺 神奈川県横浜市鶴見区 790年延暦9年) 91
弘智法印 西生寺 新潟県長岡市寺泊野積 1363年貞治2年) 82
弾誓上人(?) 阿弥陀寺 京都府京都市左京区大原古知原 1613年慶長18年) 63
本明海上人 本明寺 山形県鶴岡市東岩本 1683年天和3年) 61
宥貞法印 貫秀寺 福島県石川郡浅川町小貫 1683年(天和3年) 92
舜義上人 妙法寺 茨城県桜川市本郷 1686年貞享3年) 78
全海上人 観音寺 新潟県東蒲原郡阿賀町豊実甲 1687年(貞享4年) 85
心宗行順大行者 瑞光院 長野県下伊那郡阿南町新野 1687年(貞享4年) 45
忠海上人 海向寺 山形県酒田市日吉町二丁目 1755年宝暦5年) 58
秀快上人 真珠院 新潟県柏崎市西長島鳥甲 1780年安永9年) 62
真如海上人 大日坊 山形県鶴岡市大網 1783年天明3年) 96
妙心法師 横蔵寺 岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲神原 1817年文化14年) 36
円明海上人 海向寺 山形県酒田市日吉町二丁目 1822年文政5年) 55
鉄門海上人 注連寺 山形県鶴岡市大網 1829年(文政12年) 62
光明海上人 蔵高院 山形県西置賜郡白鷹町黒鴨 1854年嘉永7年) 不明
明海上人 明寿院 山形県米沢市簗沢小中沢 1863年文久3年) 44
鉄龍海上人 南岳寺 山形県鶴岡市砂田町 1881年明治14年) 62
仏海上人 観音寺 新潟県村上市肴町 1903年(明治36年) 76

Wikipedia より

 

ちなみに、真言宗における一種の目標である「即身成仏」とは、生きているうちに行を行うことによって仏となることを意味するので、即身仏とは全く意味が異なることにご注意ください。

今回、西国三十三所巡礼の一環で岐阜の華厳寺を参拝する機会があったので、そこからほど近い横蔵寺(よこくらじ)を訪れ、即身仏をお参りすることができた。

 

横蔵寺の位置。

 

参拝日:2021年2月27日

 

華厳寺から車を20分ほど走らせると横蔵寺に着いた。
横蔵寺の山号は両界山、宗派は天台宗。
写真にあるように、開山は伝教大師・最澄である。

 

横蔵寺の境内図。
即身仏(舎利仏)は舎利堂に安置されている。

 

まずは本堂を参拝する。

 

横蔵寺の山門。

 

 

手水鉢

 

 

本堂。
ご本尊は薬師如来さま。

 

三重塔。

 

観音堂。
本尊は、十一面千手千眼観世音菩薩さま。

 

瑠璃堂。
薬師如来さまをはじめ、多くの仏像が安置されている宝物館。

 

そして、最後に舎利殿。
中に入るには500円必要。

 

写真撮影禁止だったので、パンフレットから。
もっと鮮明な画像はネットで見ることができるので、各自検索してみてください。
最後は極限の栄養失調状態なのだと思うが、体全体がコンパクトで非常に瘦せておられた。
この方は、37歳で入定されたとのこと。合掌🙏

 

横蔵寺の御朱印。即身仏の朱印も珍しい。

 

とにかく、即身仏を生で見れたのは、恐怖よりも感動であった。
37歳の若さで、あれだけ見事に往生できるのは尊敬の念しか湧かない。

筆者は大事に生きていこうと思った。

 

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